アイラボのこと

澤田 好明先生をしのんで

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恩師、澤田 好明先生を偲んで

私は、杏林大学保健学部第1期生が3年生になった19814月に細胞診断学の助手として赴任しました。私が、この保健学部の前身である杏林学園短期大学(衛生技術科)を卒業する時、「10年経ったら帰ってこい」と言われた勝目卓朗(初代)学部長との約束が実現したわけです。

澤田先生には出勤初日に初めてお会いしました。先生の第一声は「存分にやってくれ、任せた。」でした。この言葉通り、先生が定年退職されるまで教育はもとより教室の運営まで全て任されました。責任は重いが、私にとってはやり甲斐のある仕事でした。

赴任して一週間も経たないある日、2人の女子学生が研究室に現れました。どうやら細胞検査士に興味がある学生のようである。とは言っても、この頃の学生達は臨床検査技師の国家試験も受けられるかどうかが未定で、卒後に不安を抱えていました。何はともあれ、研究室の一部を解放して細々ながら細胞診教育を開始しました。

 澤田先生への最初の相談事は、「大学生に細胞検査士の資格を取得できるようにしたい」と進言したことでした。当時の細胞検査士教育は「癌研養成所」「大阪成人病センター養成所」「東京都がん検診センター養成所」の3施設で、大学教育に門戸が開かれていなかったのです。「難しいと思うけど、信田(重光)先生に相談してみよう」と言ってくれました。

 その後、澤田先生は外交交渉、私は学内における教育体制の整備を分担し手作業を勧めた結果、翌1982年の日本臨床細胞学会総会で4年制大学では初めて細胞検査士養成コースとして認可されました。日本では第4番目の細胞検査士養成施設になり、「先生やりましたね。ありがとうございます。」と言って握手したことを鮮明に覚えています。その後、北里大学、群馬大学、山口大学、加計学園、神戸常磐大学、弘前大学、と認定校は増え、私達の門下生が教員として赴任するまでになりました。澤田先生のご努力に心より感謝申し上げると共に、先生のご功績に心より敬意を表す次第です。

その後も澤田先生との二人三脚で杏林大学保健学部の細胞検査士教育を進めてまいりました。私は教育のハード面、澤田先生は学生のソフト面を担当し、夏の合宿は千葉県館山、西伊豆入間、伊豆七島神津島、八丈島へと、冬の忘年会も長野県や群馬県の温泉で楽しくやってきました。

1990年に定年退職されてからも、細胞検査士養成コースの責任者として教育に携わり、沢山の学生に慕われておりました。92歳の生涯を全うされた先生の通夜には、もうすぐ還暦を迎える1期生を筆頭に大勢の教え子が参列し、御斎の席(通夜ぶるまいの席)では、さながら同窓会と化していました。「この光景を見ている先生はきっと喜んでくれる」・・・っと、皆それぞれ勝手に解釈していたようです。

澤田先生ありがとうございました。

 

株式会社 アイ・ラボ Cyto STD 研究所

代表取締役 椎名義雄

 

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【澤田好明教授退職記念業績集より 椎名記】

「澤田先生と過ごした10年間」と題した私記をご紹介致します。

澤田好明教授ご定年おめでとうございます。一般に定年は寂しい響きのある言葉ですが、私共教室には先生のご努力により誘致に成功した細胞検査士養成コースがあり、先生がご健在である限りこのコースの責任者として、また、客員教授として今後もおいで頂けることが決まっており、寂しさというよりは心からご苦労様でしたと感謝申し上げます。          

澤田教授は私が医学を学ぶようになってから4人目の上司ですが、私はそれぞれの師を学者、教育者、研究者、そして教育者であったように思います。最初の教育者は一生懸命登ってくる者に手を差しのべ、さらに上へ押し上げようとする先生でした。それに対し澤田教授は一生懸命登ってくる者をじっくり見守る忍耐の教育者であるように思えました。私自身は最初の教育者の影響を強く受け、ともすれば強引に引き上げようとしがちでしたが、澤田教授は“学生を今の姿だけで評価してはいけない、学生によっては人の5倍・10倍の時間を必要とする者がいる”と言われ、常に柔軟な眼差しで学生を見守っておられました。それは学生だけでなく、私達部下に対しても研究・教育は極めて開かれたもので、時には歯がゆいこともあったと思いますが、“存分にやれ”という姿勢を貫かれました。私達はこれからも澤田教授が残された“開かれた教室”の伝統を大切に守っていきたいと思います。                             

澤田教授と過ごした約10年間に2回握手を交わしたことがあります。その最初は昭和亜57年に行われた日本臨床細胞学会総会の会場でした。朝早かったこともあり、アルコールの匂いをプンプンさせ“細胞診コースが認可されたよ”と言い握手されました。何人かの学会関係の先生方にお願いしてあったとはいえ、未だに4年制大学に細胞診養成コースが認可されているのは本学部一校であることから考えても、そのご苦労は大変なものであったと思われます。この杏林大学保健学部の学生のみに与えられた特典は1期生から9期生まで既に45名が細胞検査士、国際細胞検査士として社会で活躍できている道を開く結果となりました。本年度よりこのコースの運営は細胞診断学教室から保健学部のコースとして新たに運営委員会が設けられ、澤田先生は運営委員長としてコースの確立に向けてご努力頂いております。                           

2回目の握手は、私が学位を取得した記念に皆さんに開いていただいたパーティーの時でした。臨床検査技師でも医学博士の学位に挑戦できたことは最高の喜びでした。澤田教授のもとで自由に研究させて頂けたからできたことであります。現在多くの研究生が学外から我々の教室の門を叩くのも夢と希望を求めての事でしょう。臨床検査技師を育てる本学部として、学位を持った検査技師を世に送ることも必要な事と思います。この“外部にも開かれた教室”から多くの保健学博士が育つことを期待しています。                                     

我々の教室には夏季学外研修と銘打った23日の旅行と12日の忘年会が伝統行事になっています。これには4年生のみならず、1・2・3年生、研究生、卒業生も加わり盛大に行われます。日ごろ澤田教授となかなか話す機会のない学生にとってはいいチャンス、教授にとっても若い子との旅行は大変楽しみにしているようです。特に夏の海では、我々の心配をよそに達者な泳ぎを披露してくれます。65才を過ぎてもスキー・ゴルフ・水泳を楽しみ、学生と一気飲みをしている教授は健康そのものです。

これからも健康に留意され、この伝統行事に参加して頂きたいと思います。

長い間、本当にご苦労様でした。これからも細胞診断学教室発展のために宜しくお願い申し上げます。また、これからの先生のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます、       

 椎名義雄

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